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Author:takayou
名古屋在住の35歳男性です。ソウル、ソフトロック、ポップスの、ややマニアックな名盤を紹介します。やはり良い音楽は、CDやLPとして持っておきたいものですね。


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エレファントカシマシ その3

5 5
エレファントカシマシ、細海魚 他 (1992/04/08)
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1991年の5枚目。どうでも良いのですが、ジャケット写真がビートルズの「ラバーソウル」みたいです。
前作の「生活」で、真実を追い求めることを諦めて、退屈で平凡な「生活」と心中する悲愴な決意をした宮本氏でありましたが、まだ心の迷いが見られました。本作では、より諦念の強い曲が多いのが印象的です。
①「過ぎゆく日々」。かつての嵐のような日々はもはや過ぎ去り、「ひからびた情熱は、ただ過ぎるくらしの中へ消え」てしまいました。「この俺にも生活をどうか」と、地に足をつけて生きていこうと願うのです。そのために、「俺は働く、日々過ごすため、くらしゆくため」。②「シャララ」。この競争世界では、人は「ただただかけぬけにゃならぬ」のです。理由なんかなく、走ること自体が目的として。「恋をせにゃならぬ」「メシ食わにゃならぬ」、世の中にはなんと「ならぬ」の多いことか。そういったものに背を向けて生きていたいのだけれど、「生活」をするためにはそういったものから離れることができません。なんたる矛盾、「目的」ばかりがハバをきかせた社会です。③「無事なる男」。平凡なサラリーマン。「毎日いそいそと仕事へ出かけ 休日には家族と 心からくつろいだ」。この男がかつて言っていた言葉、「だってそうだろう。こんなもんじゃねえだろう この世の暮らしは、もっとなんだか、きっとなんだか、ありそうな気がしてるんだ」。しかし、その言葉は実際の生活の中で無残にもかき消されてしまいます。④「何も無き一夜」。生活に殉じようと決意した男が、静かな夜にふと我に帰る一瞬。「何も無き一夜 部屋の中 ねころびながら ひとりでうたっていた」。「働いた 疲れて寝た ああ 夢を追わなければならない」。夢を追うことさえも「せなならぬ」と化した現代社会。すべての束縛から解放されたいという気持ち。⑤「おれのともだち」。平凡な「生活」を生きようと決意したものの、そいつは恐ろしく退屈でヒマなものでした。「おお おれを襲い 平和な町を襲い来る。『たいくつ』よ お前こそ暮らしのともだち」。三島由紀夫にとって、戦争後の「平和」こそ唾棄するべき対象でした。何か平凡な平和を打ち破るものを求める欲求がどうしてもつきまといます。⑥「夕立をまってた」。ヒマで退屈な「生活」をもてあましてしまう男。どうしてよいのかわからない焦燥感。「やることが全部とってつけたよう」にしか感じられません。「何かやることはないのだろうか」と焦っても、「夕立をまってた」と言うように、今はひたすら「何か」を待つことしかできないのです。⑦「ひまつぶし人生」では、ひまつぶしにテレビを見たり、寝転んだり。世間の「我慢強い人」を眺めては、そんな光景を「エセ平和」とのたまいます。逆説的に「俺は大好きさ。エセ平和が大好き」とかなしく叫びます。⑨「曙光」。そんな生活は「ただ漠然と 時は過ぎた またぞろ一つ歳を重ねた」と無常に感じられるのみです。そんな中、曙の光に「今日も高き太陽が俺達を照らす」のを見て、「熱き血潮燃えていた」と感じる自分がいることに気がつくのです。彼はここでニーチェやハイデッガーが受けたような「存在」の天啓を受けたのかもしれません(そう言えばニーチェの著作にも「曙光」というものがあります)。
その後、宮本氏の苦悩が完全にふっきれたと言えるのが、名曲「悲しみの果て」だと言えるでしょう。


悲しみの果てに
何があるかなんて
俺は知らない
見たこともない
ただ あなたの顔が
浮かんで消えるだろう

涙の後には
笑いがあるはずさ
誰かが言ってた
本当なんだろう
いつもの俺を
笑っちまうんだろう

部屋を飾ろう
コーヒーを飲もう
花を飾ってくれよ
いつもの部屋に

悲しみの果てに
何があるかなんて…
悲しみの果ては
素晴らしい日々を
送っていこうぜ


「悲しみの果てに」見えるのは、「あなたの顔」だとしたら、今までに見られなかった「愛」や「笑い」だったのかもしれません。いつもの部屋に、部屋を飾りコーヒーを飲んで花を飾るという、目の前のささやかな幸せをかみしめようとする気持ち。それでもこれまで経験してきた、嵐のような悲しみの果てには、何があるかなんてわからない。でも、かつてのようにもうそれを追い求めようとはしない。「あなた」と「素晴らしい日々を送って」いくのみだ、という心境にやっとここで至ったのだと思います。



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エレファントカシマシ

浮世の夢 浮世の夢
エレファントカシマシ (1989/08/21)
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1989年の三枚目。この頃から、宮本氏の苦悩が始まります。
①の「夢のちまた」。「いい季節だ どこへ行こう 不忍池などたのしかろう…」と語られる「夢」。「明日こそは町へくりだそうか」と思うのですが、宮本はそれを結局は鼻で笑ってしまうのです。所詮明日になったら、そんなことを考えていたということも「忘れるだろう 忘れるだろう 今日一日のできごとなど」。そして、結局思考の堂々巡り、どうせ明日も同じことを考えているのです。所詮その程度の夢なのか。そんな風にして「春の一日が通り過ぎていく ああ今日も夢か幻か ああ 夢のちまた」。「夢のちまた」とは、夢の「ちまた」か「夢後また」か、それともダブルミーニングなのでしょうか。②の「うつら うつら」。生きていることがもう「うつら うつら」の状態です。「今日は何処へ行こうか」と言ってはみるものの、やはり「何をしよう浮世の夢」「ああひとり部屋の中で うつらうつら」するしかないのです。③の「上野の山」。桜の「花見なんぞのどこがいい 笑い顔さえひきつった」という俗物根性に対する軽蔑と、それでも「花など見たくはないんだけれど何やら少し さわぎたく 俺も花見に入れてくれ」という疎外を恐れる気持ちの葛藤に心が揺れています。こんな花見もまるで「短か夜の夢のよう」、「ああ明日からがんばろう」と最後にヤケクソになって叫ぶしかない労働者の悲しさです。⑤の「珍奇男」は宮本得意の自嘲ソングです。この曲はストーンズの「悪魔を憐れむ歌」と対をなしています。「私は珍奇男」、「寄生虫」、「私はばかでしょうか」と、自嘲を繰り返しますが、「誰にもうしろ指さされず ここまで苦労重ねてきた」自尊心も持ち合わせているのです。⑥の「浮雲男」では、タバコの煙を男の境遇に重ね合わせています。「ぷかり ぷかり 煙雲になる ぷかり ぷかり 浮雲男」、「煙が雲になるわけないよ みんなは笑う…」。どうして人間は自由になれないのでしょうか。⑦の「見果てぬ夢」。「我も彼らに負けまいと やさしい日本の四季を見て これも浮世とあきらめて すずしげに…」。現実と和解をしなければならないという想いが頭をよぎります。しょせん「人の思いは十人十色」なのだから、「この世に何があるのやら 見果てぬ夢」とやらを追い求めるよりも、目の前の「日本の四季」を直視しなければならないと、自分に言い聞かせているような悲痛な歌です。⑧の「月と歩いた」。そうは言っても、夜の散歩では永遠の象徴「月」はどこまでもついてきます。結局、永遠から離れることが出来ない自分…。そんな中、現実の象徴である自動車の騒音が突然の破調と共にやってきます。「ブーブーブードライブ楽しブーブーブー…」。やがてそれはすぐに通り過ぎ、もとの月と静寂が戻ってきて永遠なるものに思いを馳せる自分がいます。⑨の「星の夜」。星は遠すぎてもう見えなくなり、見えるのは浮世のビルの光だけ。暖かい家に帰り着き、風呂に入って口笛を吹くのは、もはや自分の歌ではなく「誰かの歌」。寒い冬の星月夜の「永遠」から、暖かい家の中の「現実」へと人は誰もが帰っていかなければならないのでしょうか。

エレファントカシマシ その2

生活 生活
エレファントカシマシ (1990/09/01)
ERJ
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1990年の4枚目。
①の「男は行く」。現代社会においては、男の役割は「行かなければならぬ、勝たなければならぬ」と役割づけられています。この社会の要請を受けて、あるべき道をあきらめて孤独の道を進もうと決心をするのです。まさに「ビルを山に見たてるために」。それでもくじけそうになるために必死で「行け」と自らを奮い立たせるように叫ぶ宮本。真実の歌は「豚に真珠だ貴様らに 聞かせる歌などなくなった」として、封印してしまうのです。かつてフランスの天才詩人、アルチュール・ランボーが「地獄の季節」で、「俺たちの行方は『聖霊』だ。俺の言葉は神託だ。嘘も偽りもない。俺には解っている、ただ、解らせようにも外道の言葉しか知らないのだ、ああ、喋るまい」と言ったように。②の「凡人」。「俺は生活を追い求む、世間に食われ命をけずり、孤高のうちに死すより 俗なる我が世間に遊ぶものよ」という言葉は、このアルバムのタイトル「生活」に結びついています。孤高なるものを捨てて俗世間に生きるという悲痛な決意。「楽しげにああ人と会い、笑い、希望は失せたが死ねぬ身の せめては余命いくばくなりやと、老爺を気取り、ふとんで涙をしぼりて 町に出、笑い、凡人ああここに有り」と、凡人として生きていこうという決心。中原中也の最晩年の名詩「春日狂想」を思い起こさせる歌詞です。真実を追い求める心に疲れ果てて、ついに世間と和解しようと決意するに至った心境です。ただ、宮本の葛藤は名曲「悲しみの果て」まで、まだ続いていくのです。④の「偶成」。諦めの境地に至った彼にも、まだ疑問は残ります。平和な俗世間においても「この生活が なぜに我らを蝕む」のでしょうか。「時の力は我が命をいつか食いつくす」という焦燥感。まだ「何か足りない」と感じる心。「ドブの夕陽を見るために」「俺は生きてきた」という悲痛な叫び。でも、これで満足していいのだろうかという思い。まだ完全と世間と和解することはできません。⑤「遁生」。「これから先は死ぬるまで 表へ出ないでくらす人」と現実から逃げたくなる弱気があらわれます。葛藤に疲れ果てた気持ちは、もうひきこもることしかできません。「お前はなぜに生きている?」と問われて、「小さき花を見るために」という弱弱しい答えしかできないのです。真実はどこにでもあると、自分に言い聞かせているかのごとくに。⑥「月の夜」。もはや自分の居場所は昼ではなく、夜にしか見出すことが出来ません。月の光が「弱くやさしき光もて 我を」包む時が至福のときなのです。⑦「晩秋の一夜」。もう彼は疲れ果て、「あわれ ああ いまだに生き残る はかなき虫の鳴き声と共に」「ひとり動かず部屋に」いるのみです。自分を虫に仮託していることは明らかです。「日々のくらしに背中をつつかれて それでも生きようか 死ぬまでは」と、死ねないから生きるしかないという人生。もう彼には「亡骸」としての自分しか残っていないのでしょうか。

The Best Year of My Life

The Best Year of My LifeThe Best Year of My Life
(1994/05/25)
オフコース

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1984年発表。鈴木康博脱退後、初の作品。従来と比べて、ポップでありながらもハード色を強め、アダルトでモノトーンで無機質的な感じの作風になっています。ヤスさんが抜けたこともあり、楽器の不足を補うべく、「Over」までのアメリカンAOR的なアレンジから、ヨーロピアンな打込みに変化してきているのがわかります。
①「恋びとたちのように」は、小田さん初と言ってもいい「不倫ソング」。サックスのイントロからオフコースは変わったということを印象付けます。個人的にはシングルカットされてもおかしくない曲だと思いますが、やはり歌詞がネックだったのかもしれません。②「夏の日」はセカンドシングルカットされた曲。夏らしいさわやかな感じの曲。コード進行のD D C C Bm Bm という流れは、今までの小田さんになかったもの。③の「僕等の世界に」は松尾さんの3拍子の曲。マイナー調ですが、雄大なアレンジです。途中の転調は不思議な感じがします。④の「緑の日々」もシングルカットされた曲。分厚いコーラスのイントロから入り、マイナーに転調して歌に入るところはゾクゾクします。サビはふたたびメジャーコードに転調します。この曲を小田さんは後にセルフカバーしていますが、個人的にはこのヴァージョンの方が好きです。⑤「君が、嘘を、ついた」はファーストシングル。タイトルの中の句読点にはどのような意味があるのでしょうか。メロディーラインは「Yes-No」に近いのですが、ディストーションの利いたギターリフがカッコいいよりハードロックっぽいアレンジとなっています。歌詞も以前になかった、アダルトな作風になっています。⑥「愛を切り裂いて」は松尾さんの曲。タイトルとおり、ハードでヘヴィーな曲です。この曲も不思議な転調がみられます。⑦の「愛よりも」も松尾さんのブルージーな曲。どこかビートルズの「Come Together」を髣髴とさせる曲調です。⑧の「気をつけて」は一転して、小田さんのやわらかなバラード。一説にはヤスさんにささげた曲と言われますが、歌詞の内容からいってもあながち間違いでないような気がします。隠れた名曲です。⑨「ふたりで生きている」はストリングス基調の小田さんのバラード。
この後、オフコースはシングルを数枚リリースします。引き続きヘビーな曲調の曲「call」、エレピの美しい名バラード「たそがれ」、打込みのピコピコ路線で個人的には失敗作だと思っている「夏から夏まで」と続き、次のアルバム「as close as possible」をリリースしますが、すでに全盛期のクオリティーをそこに見ることはできませんでした。

オフコース その6

over(紙) over(紙)
オフコース (2005/03/24)
東芝EMI
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1981年の11枚目。基本的には前作の「We are」を踏襲しています。サウンド的にもう少し幅がひろがったような感じですが、個々の曲のメロディが少し弱くなった印象もあります。
①の「心はなれて」はストリングスのインスト。そのまま②の「愛の中へ」へとつながります。シングルカットされた曲ですが、この時期の他のシングルと比べると出来はいまひとつ。イントロのツインギターの全音符は「時に愛は」の踏襲ですし、サビは「Yes-No」の路線。③の「君におくる歌」は鈴木さんのミディアムナンバー。この曲も印象が弱い。④の「ひととして」も、やや中途半端な曲。メロディに色気が感じられません。⑤の「メインロードをつっ走れ」は鈴木さんの曲。ヘヴィーなギターロック。前作の「一億の夜を越えて」の路線に近いといえます。⑥の「僕のいいたいこと」は、松尾さんの曲。シンセ主体のムーディーなつくりです。メインメロディとサブメロディを同時並列で歌うという、ビートルズの「I'VE GOT A FEELIN」やヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「殺人ミステリー」を彷彿させる曲です。⑦の「哀しいくらい」はシングルカットはされていないものの、小田さんの隠れたミディアムの名曲です。「愛の中へ」よりこちらをシングルにすればよかったのに…。出だしのコードがナインスから入るという、コード進行に凝った曲でもあります。歌詞も非常に小田さんらしい。そして⑧の「言葉にできない」。これも多くのアーチストがカバーした名曲中の名曲です。シンセのイントロから入り、転調して「ラララ…」と入ります。コード進行は大部分が同じパターンの繰り返しなのですが、メロディを変えているので飽きさせません。従来の日本語によるロックの概念を覆したといえる傑作だといえます。このような曲をシングルカットすること自体が前代未聞です。⑨の「心はなれて」は、①のリプライズでこちらはヴォーカルが入ります。エンディングにふさわしいバラードです。

オフコース(その10)

秋ゆく街で オフ・コース・ライヴ・イン・コンサート(紙ジャケット仕様)秋ゆく街で オフ・コース・ライヴ・イン・コンサート(紙ジャケット仕様)
(2005/03/24)
オフコース

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1974年発表のライブアルバム。3作目でもうライブアルバムを出してしまうのが彼ららしいと思います。バックの演奏も、ドラムの村上ポンタやギターの大村憲司をはじめ、すばらしいミュージシャンを揃えています。
①はご存知、マーヴィン・ゲイの「What's Goin' On」。74年の時点でこの曲に目をつけるあたり、彼らの先進性を窺うことができます。演奏もタイトで素晴らしいのですが、ヤスさんのボーカルが惜しい。②は洋楽メドレーで、エルトン・ジョン「Your Song」、ダニー・ハザウェイ&ロバータ・フラックの「Where Is The Love」、スタイリスティックスの「You Make Me Brand New」と「You Are Everything」、カーペンターズ、ミッシェル・ポルナレフ、ギルバート・オサリバン、ビートルズなど、ソフトロックやニューソウル、フィリーソウル系のなかなかこの当時にしては通な選曲と言えます。③の「竹田の子守唄」はライバル?の赤い鳥の曲。④は陽水の「白い一日」、⑤は斉藤哲夫の「悩み多き者よ」~陽水「傘がない」のメドレーと、②と対照的な湿った曲が続きます。⑥の「青春」はオリジナル曲で、後に一部歌詞が変更されて「SONG IS LOVE」に収録されました。ヤスさんのギター弾き語りです。⑦の「秋ゆく街で」はこのライブのための書き下ろしで、小田さんのピアノ弾き語りの曲。「秋ゆく」ということばのチョイスは尋常ではないセンスです。これが「春ゆく」「夏ゆく」「冬ゆく」では成り立たないと思います。⑧「水曜日の午後」はファーストアルバムに収録されていた名曲。スタジオ盤では小田さんのボーカルでしたが、本ライブ盤ではヤスさんが歌っています。⑨の「僕の贈りもの」も同様にファーストアルバムからの曲。⑩「のがすなチャンスを」はヤスさんの曲で、彼らの初期のライブで定番の曲。⑪の「白い帽子」はヤスさんの書き下ろし。ヘビーな曲調です。⑫の「別れの情景Ⅰ」はセカンドアルバム収録曲。私は、②でも聞くことができますが、スタイリスティックスの「You Are Everything」にインスパイアーされてつくった曲と推測しています。コード進行や転調の仕方が良く似ています。⑬「キリストは来ないだろう」は小田さんの書き下ろし。歌詞が意味深です。⑭「もう花はいらない」はヤス先生の定番、⑮は「僕の贈りもの」のリプライズと続きます。
②のメドレーの選曲を見ると、彼らの選曲のセンスやフェイヴァリットがよくわかります。ある意味、20年早いアルバムだったのかもしれません。

BILL WITHERS

Lean on Me-Best of Bill Withers Lean on Me-Best of Bill Withers
Bill Withers (2000/05/30)
Sony

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黒人のシンガーソングライターとして知られるビル・ウィザースのベスト盤です。おそらく、ここに収録されている曲のいくつかはCMやカバーなどで耳にされていると思います。
フリーソウルの名曲といわれる「LOVELY DAY」、クラブ・ヌーヴォのカバーで有名な「LEAN ON ME」、最近日産のCM曲として採用され、かつてはストーンズも演っていたかっこいいリフとジェイムス・ギャドソンのドラミングが光る「USE ME」、久保田利伸ダンス☆マンがカバーしていた「JUST THE TWO OF US」などが有名どころです。
彼の朴訥としたヴォーカルは筋金入りのソウルファンからは賛否両論ありますが、彼のこの曲調にはよくあっているんじゃないかと思います。
いずれにしても、彼の曲はとてもキャッチーで、親しみやすいのが特徴だと言えるでしょう。彼にはAOR寄りのソウルというポジションがぴったりだと思います。



Bill Withers


ふきのとう

人生・春・横断 人生・春・横断
ふきのとう (1990/10/15)
ソニーミュージックエンタテインメント
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フォーク・デュオ、ふきのとうの最高傑作。
①の「OPENING」はチェンバロ主体のインスト。それが終わったとたんに②の「春雷」が続きます。ティンパニのまさに雷のような音から始まる曲。彼等の代表作のひとつ。③の「赤い傘」は三拍子の曲。個人的に好きな曲で、古都で出会った見知らぬ美しい女性との邂逅が、美しく詩情豊かにうたわれています。それにしても、北海道出身のミュージシャンって三拍子の曲が多いですね。松山千春にしても、中島みゆきにしても、あがた森魚にしても(ちなみに教育テレビの「バケルノ小学校」で彼の歌を聞いたときには驚いた)。⑤の「ばーじにあすりむ」も名曲。いままでのふきのとうにはなかった、アダルトな路線です。このアルバムで細坪氏の作曲能力が著しく向上しました。そして⑦の「柿の実色した水曜日」です。この曲は、「初恋」や「メロディ」、「運命河」(特攻隊のことをうたった悲しい歌です。必聴!)などと並ぶ、ふきのとうの最高傑作です。純情な初恋と失恋を歌った三拍子の曲ですが、歌詞が特に素晴らしい!ぜひ聞いてみてください。⑩の「沫雪」も三拍子。このアルバムでは三曲目。この曲も雪の情景が目に浮かぶような美しい曲です。
ふきのとうの魅力は、なんといっても透明感のある細坪の美しい声と、せつないメロディにあるといえるでしょう。

THE BAND

ラスト・ワルツ〈特別編〉 ラスト・ワルツ〈特別編〉
ザ・バンド (2005/04/28)
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
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伝説のバンド、「THE BAND」の解散コンサートを収録した本作は、音楽ドキュメンタリーとしての映画では史上最高の傑作といってもいいでしょう(音の編集がされているとはいえ)。ライブバンドとしての彼らの力量は言うに及ばず、豪華なゲスト陣がその音楽的ルーツを物語っています。とりわけ、リヴォン・ヘルムのドラムのグルーヴ、リック・ダンゴのベースのハネは最高です。また、ロビー・ロバートソンのギターの音色の渋さ、十八番のピッキングハーモニクスは感涙ものです。さらに豪華なゲスト陣・・・ロニー・ホーキンスDr.ジョン、同郷のカナディアンであるニール・ヤング、なぜかニール・ダイヤモンド、恋多き女ジョニ・ミッチェルポール・バターフィールド、シカゴブルースの神様マディー・ウォーターズエリック・クラプトン、アイルランドのブルーアイドソウルマンであるヴァン・モリソン、そして彼らの師匠ボブ・ディラン…。
彼らの音楽は、聞くたびに良さが身にしみてきます。本作は彼らの代表作を多く集めているので、ベスト盤としても聞くことができますが、オリジナルのスタジオ盤もぜひ聞いていただきたいと思います。


The Band - The Band: Greatest Hits

GRAPEFRUIT

アラウンド・グレープフルーツ アラウンド・グレープフルーツ
グレープフルーツ (2005/11/02)
インディペンデントレーベル
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グループ名をジョン・レノンがつけたというだけあって、全体にビートルズっぽいところがあります。しかし、彼らの場合はビートルズとは違ってR&Bに根ざしているのではなく、ヨーロッパのクラシカルな部分にルーツがあるようなサウンドを聞かせてくれます。
一曲目から、こよなく美しいメロディが怒濤のように押し寄せてきます。まさに日本人が好みそうなメロディで、母国イギリスよりも日本での人気のほうが高かったといわれています。
キンクスゾンビーズ、レフト・バンクなどが好きな方には、ぜひお勧めするアルバムです。

BLUR

パーク・ライフパーク・ライフ
(1994/04/27)
ブラー

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イギリスのバンド、ブラーが1994年発表した名盤。
①の「BOYS AND GIRLS」はシングルヒットにもなった彼等の代表曲。チープなディスコサウンドが、ループするコード進行に乗っていて、それでいてキャッチーでもあるという不思議な曲。サビの歌詞も本当に良くできています。歌詞はキンクスのレイ・デイヴィスを思わせるシニカルなものが多く、いかにもイギリス的な印象を受けます。発音も、思いっきりロンドンなまりですし。②の「TRACY JACKS」は、安定した40過ぎの公務員が、ある日素っ裸で海に入って警察に捕まったり、家をぶっ壊したりするという、発狂じみた曲。③の「END OF A CENTURY」は美しいメロディに乗せて、退廃的な愛を歌う曲。④の「PARK LIFE」は、俳優のフィル・ダニエルズのコックニーなまりのトーキングをフューチャーした名曲。⑨の「TO THE END」はフランス語のコーラスも交えた、本アルバムの中では正統派のラブソング。⑫の「CLOVER OVER DOVER」は、ドーバーの崖の上に立って海に飛び降りようとしている男を歌った歌詞のようです。⑬の「MAGIC AMERICA」もキャッチーなメロディを持つ佳曲。⑭の「THIS IS A LOW」は雄大なメロディを持つ曲。やはりシニカルなイギリスの日常を歌った歌詞が印象的。ブラーの本作は、キンクスの英国趣味、ビートルズのメロディー、マンチェブームを経験したダンスビート、フーのモッズっぽさ、などの影響を随所に感じますが、これで売れないわけがないという感じを受けます。

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