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名古屋在住の35歳男性です。ソウル、ソフトロック、ポップスの、ややマニアックな名盤を紹介します。やはり良い音楽は、CDやLPとして持っておきたいものですね。


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エレファントカシマシ

浮世の夢 浮世の夢
エレファントカシマシ (1989/08/21)
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1989年の三枚目。この頃から、宮本氏の苦悩が始まります。
①の「夢のちまた」。「いい季節だ どこへ行こう 不忍池などたのしかろう…」と語られる「夢」。「明日こそは町へくりだそうか」と思うのですが、宮本はそれを結局は鼻で笑ってしまうのです。所詮明日になったら、そんなことを考えていたということも「忘れるだろう 忘れるだろう 今日一日のできごとなど」。そして、結局思考の堂々巡り、どうせ明日も同じことを考えているのです。所詮その程度の夢なのか。そんな風にして「春の一日が通り過ぎていく ああ今日も夢か幻か ああ 夢のちまた」。「夢のちまた」とは、夢の「ちまた」か「夢後また」か、それともダブルミーニングなのでしょうか。②の「うつら うつら」。生きていることがもう「うつら うつら」の状態です。「今日は何処へ行こうか」と言ってはみるものの、やはり「何をしよう浮世の夢」「ああひとり部屋の中で うつらうつら」するしかないのです。③の「上野の山」。桜の「花見なんぞのどこがいい 笑い顔さえひきつった」という俗物根性に対する軽蔑と、それでも「花など見たくはないんだけれど何やら少し さわぎたく 俺も花見に入れてくれ」という疎外を恐れる気持ちの葛藤に心が揺れています。こんな花見もまるで「短か夜の夢のよう」、「ああ明日からがんばろう」と最後にヤケクソになって叫ぶしかない労働者の悲しさです。⑤の「珍奇男」は宮本得意の自嘲ソングです。この曲はストーンズの「悪魔を憐れむ歌」と対をなしています。「私は珍奇男」、「寄生虫」、「私はばかでしょうか」と、自嘲を繰り返しますが、「誰にもうしろ指さされず ここまで苦労重ねてきた」自尊心も持ち合わせているのです。⑥の「浮雲男」では、タバコの煙を男の境遇に重ね合わせています。「ぷかり ぷかり 煙雲になる ぷかり ぷかり 浮雲男」、「煙が雲になるわけないよ みんなは笑う…」。どうして人間は自由になれないのでしょうか。⑦の「見果てぬ夢」。「我も彼らに負けまいと やさしい日本の四季を見て これも浮世とあきらめて すずしげに…」。現実と和解をしなければならないという想いが頭をよぎります。しょせん「人の思いは十人十色」なのだから、「この世に何があるのやら 見果てぬ夢」とやらを追い求めるよりも、目の前の「日本の四季」を直視しなければならないと、自分に言い聞かせているような悲痛な歌です。⑧の「月と歩いた」。そうは言っても、夜の散歩では永遠の象徴「月」はどこまでもついてきます。結局、永遠から離れることが出来ない自分…。そんな中、現実の象徴である自動車の騒音が突然の破調と共にやってきます。「ブーブーブードライブ楽しブーブーブー…」。やがてそれはすぐに通り過ぎ、もとの月と静寂が戻ってきて永遠なるものに思いを馳せる自分がいます。⑨の「星の夜」。星は遠すぎてもう見えなくなり、見えるのは浮世のビルの光だけ。暖かい家に帰り着き、風呂に入って口笛を吹くのは、もはや自分の歌ではなく「誰かの歌」。寒い冬の星月夜の「永遠」から、暖かい家の中の「現実」へと人は誰もが帰っていかなければならないのでしょうか。
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